医療分析用に実用化できるイオンセンサーを目指して

キャリア形成で迷いや悩みを抱いたとき、自分で考え抜いて選択してきたという矢嶋先生。「その時々で柔軟に研究分野を変化させながら、やりたい研究へとたどり着いた」と話す先生の眼差しからは研究への情熱が感じられます。「誰もまだ実現できていない。難しいからこそ挑戦したい」と生体適合性感応膜の材料開発による医療分析用イオンセンサーの実用化を目指されています。

和歌山大学 システム工学部
副学部長(2020年3月現在)
化学メジャー
矢嶋摂子教授 SETSUKO YAJIMA

東京大学理学部で無機合成化学を研究したのち、同大学大学院では博士課程より分析化学に転向し博士(理学)を取得。千葉大学、東京理科大学を経て、和歌山大学に着任。生体に適合した機能性材料を用いた医療分析用イオンセンサーの開発や、レアアースを簡易に回収できる選択性吸着剤の研究などを進めている。

1,キャリア形成の道のり
子どもの頃から興味のあった実験ができる化学の道へ

両親とも本好きだったので、家の中にはたくさん本がありました。父が理系だったので、理系の本も多かったですね。子どもの頃からさまざまな図鑑を自然に見ていたように思います。家族で遊びに行く時もプラネタリウムや科学館によく連れて行ってもらいました。科学館での実験が好きで、2つの物質を混ぜたら色が変わることがおもしろくて目を奪われました。化学が好きだった一方で、文学など本を読むことや英語も好きで、高校2年生の終わりに文系か理系かを選ぶ時はなかなか決めきれませんでしたが、文学は理系に進んでからでも学べる機会はあると思い理系を選びました。家族は私の進路については「自分で決めなさい」というスタンスでしたし、福岡の県立高校だったのですが、生徒の自主性を大切にした校風で、進路も本人の意思を尊重する方針が、自分で考えて決めたいと思っていた私には合っていたように思います。

東京大学理科I類へ入学したのですが、2年次の進学振り分けで、また進路を迷うことに。当時はバイオテクノロジーに注目が集まっていたので農学や薬学などにも興味が湧いたのですが、教養生向けのゼミナールで研究室での実験を体験し、改めて実験が楽しいと実感して理学部化学科を選択。午前中は授業、午後は実験という毎日が楽しかったですね。

研究室は無機合成化学を選び、モリブデンのクラスター錯体を合成し、新しい物性や機能の発現を研究しました。合成が難しく、結局、目的の化合物が合成できませんでしたが、合成条件などについて詳細に検討しました。実験で上手くいかないこともありましたが、同期同士の仲が良かったので廊下で会うと実験の苦労話で盛り上がり、励みになりましたね。当時の化学科の女性は1割強で、現在の割合より少なかったですが男女の垣根はありませんでした。

分析化学へ転向し、じっくり取り組みたいテーマと出会う

修士課程での研究はとても面白かったのですが、錯体の合成が難しかったため、このままでは博士号を取得できないかもと感じ、分析のおもしろさを感じていたので博士課程は分析化学へ転向しました。所属した分析化学の研究室では、バイオを対象とした分析方法や計測技術を開発していて、現在の研究につながる「イオンセンサーの応答機構の解明」をテーマに研究を開始。

イオンセンサーの応答機構が詳細に解明されていない中で、今までにない方法を考えながら実験を進めます。途中でセンサーに使われる材料を徹底的に精製する必要があることに気づき、やり直しも行ったので3年ほどかかりましたが、応答機構について新しい知見を見出すことができた時には達成感がありました。イオンセンサーに関しては以前より数多く研究されていますが、まだまだ解明されていない部分がたくさんあり、もっと追究していきたいと思いました。

修士課程2年の頃、就職するか博士課程に進むかを悩んでいて、博士課程の女性の先輩に話を聞いたことがあったのですが、「博士課程に進んだからといって就職が約束されるわけではない」とアドバイスを受けました。また、企業の研究職は予算によってプロジェクトが打ち切りになることもあると聞いて、国立の研究所か大学で研究したいと思うように。当時は売り手市場でしたし、もう少し研究していても仕事はあるだろうと博士課程へ進みました。けれど就職先はなかなか見つからず、このまま研究生として過ごそうかと考えた時に千葉大学の助手のポストに応募して採用されました。

千葉大学では自然科学研究科の助手として、クラウンエーテルを用いた溶媒抽出の研究を行ないました。これまでの研究とは違いましたが、研究の場を得ることができて嬉しかったですね。1年の任期だったので助手をしながら次の就職先を探し、東京理科大学に着任。少しテーマが変わり、希土類金属の溶媒抽出の研究を行ないました。千葉大学にいた時にクラウンエーテルの研究を通じて知り合った大阪大学の木村恵一教授はイオンセンサーの研究もされていて、当時からいろいろと研究についてお話をさせていただく機会がありました。木村教授の和歌山大学へ赴任が決った際に、同大学で助手を募集していることを教えていただき、応募して1998年に着任しました。

2,ダイバーシティへの取り組み
さまざまな研究者に刺激を受けながら解明に向けた研究に挑戦

和歌山大学では木村教授の「最前線の研究をエンジョイする」という研究方針のもと、ようやくやりたかった研究に邁進することができました。1つ目は新しい機能や選択性をもつイオンセンサーの開発、2つ目は生体適合性の高い材料を用いたイオンセンサーの開発を目指しています。目指しているセンサーが開発できれば臨床の現場で採血を何回もすることなく、医療分析が可能になります。新しい機能性材料を開発して利用する必要があるのですが、まだ実用化には至っていません。なかなかうまくいかない研究なのですが、だからこそやりがいがあり、おもしろさがあります。

この研究を深化させて進めるため、他大学との共同研究も行なっています。2017年は大阪市立大学 複合先端研究機構の吉田朋子教授との「イオンセンサー膜材料への分子吸着状態に関する研究」が「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(牽引型)」に採択されました。その後もテーマに合わせて共同研究をしています。共同研究や学会などでイキイキと研究に取り組まれている女性研究者が活躍される様子を拝見すると刺激を受けますし、元気をいただいています。

また、新しい研究テーマとしてレアメタルを廃棄物から回収できる金属吸着剤の開発も行なっています。東京理科大学に在任中に知り合いになった教授に学会でお会いした際に「レアメタルをうまく回収するために何かないかな」というお話から始まりました。

さまざまな研究者の方との出会いや会話の中から、新たに取り組む研究テーマや研究のアイデアが生まれています。今後もイオンセンサーや分析化学をさらに追究して、実用化できるよう解明していきたいと思っています。

3,ワーク・ライフ・バランスについて
通勤時間は好きな本を読んで研究以外の知識を吸収

大学での授業や会議などは業務としての仕事という意識がありますが、研究は仕事でもあり好きなこと。半分趣味に近いので、学生時代から研究室で実験をするのがライフワークです。どの先生も同じかもしれませんが(笑)。

特に意識して気分転換をすることはないのですが、実験後に先生方や他大学に勤務している友達と研究に関する話をしていることも多いですね。実験が好きな者同士、たわいもない雑談から始まってもいつのまにか研究に関する話になっていますし、そこから新しいアイデアにつながることも多いです。

通勤電車の中では、好きな本を読むことが多いです。研究とは違う小説やエッセイなどが多いのですが、さまざまな世界観や人の心の動きなど、想像力を膨らませる時間を楽しんでいます。

 

4,女性研究者へメッセージ
自分で考え抜いて自分で決めた道を楽しみながら歩んでほしい

キャリア形成の道のりでは、誰もが悩みを抱えていると思います。私も学生の頃や任期付きの助手の頃は、次の仕事が見つからなかったらどうしようという不安もありましたが、「見つからなければ研究生になってどこかで研究を続けよう」、専門が少々違う場合でも「これまでの研究と違っても研究を続けられる仕事をしよう」と思えたことが現在につながっていると思います。

常に何かを選択しながら進路を決めなければいけませんが、自分で考え抜くことが大事だと思います。自分が決めて納得して進めば、もし失敗しても自分の責任ですし、その先を自分で考えて見つけられると思います。後悔しないためにも、自分でしっかりと考え抜き、やりたいと思った道を選択することが一番ではないかと思います。

本心ではやってみてもいいかなと思って迷っているのであれば、思い切って進んでほしいと思います。やらないと何も始まらないですから。

研究の道に進んでも、全てが上手くいくことはないです。解明されていない未知の研究に挑戦するからおもしろいし、結果が出たときの喜びは格別なものだと思います。それぞれが目指す研究の道を、楽しみながら歩んでいただければと思います。

 

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