働く女性や家族の課題解決につながる研究を

 ご自身の子育てや生活体験を活かした住居学の研究に取り組まれる小伊藤先生。今は笑い話だけど、と和やかに語られたキャリア形成とライフイベントの時期の葛藤や覚悟、家族の協力を得ながら研究を両立してこられたお話からは研究への想いや芯の強さを感じました。子育ての山を超えつつある現在の小伊藤先生は、多くの働く女性や家族の課題解決につながる研究に熱中されています。

大阪市立大学
生活科学部・生活科学研究科
小伊藤亜希子教授 AKIKO KOITO
1963年生まれ。京都大学大学院 工学研究科で博士(工学)を取得。京都造形芸術大学、京都文教短期大学、日本福祉大学講師を経て、1999年大阪市立大学へ助教授として着任。京都の町家、大阪の長屋等の伝統的住宅での家族の住み方と住要求、子どもの放課後の居場所づくりなど、自身の子育てや生活経験を活かした住居学の研究を行う。

1,キャリア形成の道のり
自分の建築観を追求するために大学院へ

 建築家に憧れるようになったきっかけは、中学3年生の頃、母の友人が住居を新築したと聞き、母と一緒に訪れたことでした。一番日当たりの良い場所にある奥さんの専用スペースや、掘りごたつ風のカウンターを備えた夫婦の書斎スペースがあり、すごく素敵で感動したことを覚えています。女性の建築家が設計したと聞き、「私も家を設計する仕事がしたい」と思いました。その思いを抱いて大学では建築学を専攻しました。ところが、私は真面目に課題をこなしているものの、同級生たちの素晴らしい作品と比べると自分には芸術的な才能はないかもと感じるようになりました。

 そして、ゼミは都市・住居計画を選択。3つのサブゼミに分かれてそれぞれの調査研究に対して議論を交わすのですが、お互いに切磋琢磨する環境がすごく楽しく、私に合っていたのだと思います。4年生の頃、卒業後に企業へ就職するか迷いましたが、母の知人で住居学の女性研究者の方に相談したところ、「まだ自分の建築観はないだろうし、大学院へ進んで自分の考えを固めてから社会へ出てもいいのでは」とアドバイスを受け、「確かに建築に対する自分の概念はまだ構築できていない」と大学院に進学しました。

 

伝統的住宅の住み方調査研究に熱中

 大学院では共同研究を行うチームの仲間と連携しながら研究を進める面白さを実感。「もっと研究がしたい」と思い、研究者の道を目指すことにしました。博士課程では京都の町屋の住み方調査を行ったのですが、当時はバブル景気の頃で古くさい町屋はビルやマンションに建て替える方が合理的という風潮がありました。しかし、それが本当に住民の思いなのか、実際に住んでいる方がどのように考え、どのように住んでいるのかを明らかにしたいと町家を訪問し、間取りをとり、住民のお話を伺う調査しました。その結果、明治や大正時代に建てられた当時のまま使用するのではなく、町屋の良さを残しながら設備や間取りをリフォームし、ライフスタイルに合わせて使われていることが判明したのです。実際に調査した結果が今後のまちづくりや住まいづくりに役立つと思うとさらに研究に夢中になっていきました。

 

2,ライフイベントに直面した時
キャリア形成と二人目妊娠の時期に迷う

 博士課程の2年生の頃、結婚しました。博士課程修了後は任期付き助手として京都造形芸術大学へ着任。2年目に妊娠が判り、約4カ月の産休を取得してすぐに復帰しました。大学から自宅が近かったのでお昼休みに保育園に授乳に戻行ったり、個室がなかったのでトイレで搾乳したりもしました。

 子育て中はどうしても研究に割ける時間が絶対的に限定されるので、精神的にも実質的にも大変でした。私の両親は働いていたので、日常的に助けてもらえる状況ではないこともあり、どうしても遅くなる日は保育園のママ友に子どもを預かってもらうことも。当時、夫とは「私ばかり家事の負担が多く不公平だ」とよくケンカをしましたが、今では夫や子どもがほぼルーチンで皿洗いや洗濯などの家事を手伝ってくれるようになりました。

 出産から2年後、京都文教短期大学に3年の任期付き講師として着任しました。任期付きなので、講師の仕事と研究を進めながら、すぐに次の就職先を探さなければいけませんでした。短期で転勤を繰り返している間は、「赴任してすぐに産休をとるのは申し訳ないな」とか、「大きいお腹で面接するわけにはいかないな」と思い、二人目を作る決心がなかなかつきませんでした。

 

子育てと研究を両立できる環境を求めて転職

 正規の採用が決まった日本福祉大学は愛知県の知多半島にあり、京都の自宅から通うことは困難なため単身赴任をすることに。女性研究者は研究する場を得ようと思うと地域限定では見つからないため、どこへでも行く覚悟がないと就職は難しいと実感しました。覚悟の上で赴任したものの、当時2才だった長男に毎週別れ際に大泣きされて、どんどん不安定になっていく姿を見るとさすがにかわいそうでした。そんなとき、大阪市立大学の公募があり、1999年に採用され着任しました。

 京都から2時間かけての通勤となりましたが、やっと家族で暮らせるところで安定したポストを得たので 2人目を妊娠。長男から次男の出産まで6年以上空いたので、一番大変な保育園の送り迎えと中学高校のお弁当づくりは12年間も続けることになりました。

 現在息子たちは大学院生と高校生になり、かなり楽になりました。母の帰りが遅く、お腹が空いたら自分でなんとかせざるを得ない環境の中で育ったからか、長男は気軽に料理が作れる術を身につけ、最近ではバイト感覚で夕食のおかずを作ってくれるようになりました。また、息子たちには小学校高学年からお皿洗いを当番でしてもらっています。

 ようやく子育ての山を越えつつあり、遠方への出張も可能になりました。中国からの留学生と一緒に中国の住宅の変化を現地で調査するなど、研究の幅も広がっています。

3,ダイバーシティへつながる研究や取り組み
働く女性や家族の課題解決につながる研究を追求

 大阪市立大学へ着任してすぐの頃、所属する居住環境学科の教授の退官記念パーティーがあったのですが、ゼミの女子卒業生で仕事を続けている人は独身か夫婦だけで、子どもがいる人はみんな仕事を辞めて家庭に入っているというパターンに分かれていました。せっかく専門の勉強をしたのにもったいないと思いました。そこで、実際に住居学や建築学を学んだ女性が社会でどのように活躍しているのか、建築・住居系大学8学科の女子卒業生を対象に調査をしました。

 調査結果では、結婚・出産した人は仕事と子育てを両立できる環境を求めて2回~3回と転職を繰り返しつつも、卒業生の多くが仕事を続けていることが分かりました。また一部は設計事務所を設立し独立していました。自身の生活体験を活かしながら専門にこだわって仕事をしている人が多かったのは嬉しかったですね。仕事を辞めた人も子どもの手が離れたら仕事をしたいと思っている人が多いことも判りました。

 住居学の研究は生活空間を作る仕事なので、自分の生活体験を活かすことができます。私は子どもが生まれた頃、町家の研究等と平行して「乳幼児がいる住まいの研究」に取り組みました。子どもが小学生になった頃には「子どもの放課後の居場所づくり研究」や「住宅内の女性の専用スペース調査」を開始するなど、自分の生活体験から生まれた課題が研究テーマや調査につながっています。現在、大阪市立大学と積水ハウスとの共同研究プロジェクトで、両者の女性研究者によるウイメンズユニットをつくって「多世帯住居に関する研究開発」を行っています。今後も多くの女性や家族の課題を解決できる研究に取り組み、成果を出していきたいと思っています。


4,女性研究者へメッセージ
安心して研究できる環境を目指して発信と行動を

 女性研究者の悩みはキャリア形成の時期とライフイベントがどうしても重なってしまうことです。そういうときでも、コツコツと目の前のことを積み重ねて継続していくと、少しずつ成果が出てくると思います。

 私が妊娠した頃は、産休を取得することはかなり珍しかったようですが、現在は女性研究者も増えてきて、次々と産休・育休を取得するようになりました。最近は男性研究者も「今日はお迎えがあるのでお先に失礼します」と言われる方もいらっしゃいます。人数が増えると「みんなが通る道」になるので、それぞれが発信して行動することが重要だと思います。

 あとは、子育てや介護などのライフイベントが重なり一時的に仕事量が減ることがあっても、長いスパンで評価され、研究者が安心して研究を続けられる環境が整備されることが大切だと思います。

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