研究者ほど楽しい職業は他にない

子供のような純真さで研究に取り組まれ、目を輝かせて「研究できる幸せ」を語られる吉田先生。不器用で若いころは実験機材を壊してしまうこともあって、と笑う先生は、X線吸収分光学の第一人者であるとともに、大学の男女共同参画の促進に取り組み、人工光合成研究センター副所長としてもご活躍されています。女性研究者のロールモデルとして、そして純粋に科学を楽しむ一研究者として、これからも吉田先生から目が離せません。

大阪市立大学 人工光合成研究センター副所長
複合先端研究機構 工学博士
吉田朋子助教 TOMOKO YOSHIDA
1966年生まれ。京都大学大学院工学研究科で触媒化学や放射光分光学を研究。在学中に結婚し、博士後期課程修了後、1996年に名古屋大学エコトピア科学研究所へ着任し、原子力工学の研究と育児を両立。2015年大阪市立大学の複合先端研究機構と人工光合成研究センターで人工光合成を実現する固体光触媒の設計開発を進める。
1,キャリア形成の道のり
自分の解析が国際学会で発表されたことが研究者を目指すきっかけに

私が高校生で進路を考えていた頃、数学が好きだったので理工学部の数学科を志望していましたが、京都大学 工学部 石油化学科に合格。志望とは違う学部で迷っていたところ物理の先生に「工学でも数学を使う」と聞き、進路を決めました。

京都大学で学ぶうちに無機化学が自分に合っていると感じ、3回生になり研究室の配属を決める際に、無機固体材料を扱う触媒化学の研究室を選択しました。研究室ではまだ解明されていない世界最先端のテーマが学生に与えられます。まだ答えがない分野なので指導教員の先生と相談しながらですが、実験や計算で自然科学のまだ解明されていない謎を紐解いていくことに夢中になっていました。一方で私は実験に苦戦することも多かったので、指導教員の先生から「分光学の研究をしてみては」と薦められ、X線吸収スペクトルの解析法をテーマに研究を進めたのですが、それが自分に合っていたと思います。

修士課程の1年目の頃、研究中にX線吸収スペクトルを自分の思いつきのような方法で解析していたら、教授から「それはおもしろい。国際学会で発表しよう」と褒めていただいて。自分の解析を国際学会で教授が発表し、論文にしていただけたことが、研究者を目指すきっかけでした。そして、研究室のどの先生方も毎日好きな研究を徹底的に探究して生き生きされていたので、自然に「私も大学の研究者になりたい」と思うようになりました。

2,ライフイベントに直面した時
生活環境も研究も新しく始まった時に妊娠・出産

博士後期課程の1年目に結婚。私が研究に必死な時期でしたが、夫の理解もあって家事は協力しながら行っていました。博士後期課程2年目に、夫が名古屋へ転勤することになり、私が博士号を取得するまで夫は単身赴任に。私は博士後期課程を修了後、なかなか所属できる研究室が見つからなかったのですが「名古屋大学の助教をやらないか」と紹介していただき、今まで研究してきた触媒化学とは違う分野でしたが「研究を続けたい」と1996年の6月に名古屋大学の助教に着任しました。

名古屋大学では生活環境も研究も一変。原子炉や核融合炉を構成する材料を安全に保つための評価や、放射線と材料との相互作用に関する研究だったのですが、ゼロからのスタートで学生と一緒に試行錯誤の繰り返しでした。そんな時に妊娠していることが解り、教授やスタッフに伝えたところ、教授から学生にも協力してくれるよう伝えてくださいました。放射線を使う実験は教授やスタッフが替わってくださり、長時間立つことになる学生実験の補助も周りの研究者の先生方が受け持ってくださるなど、あたたかくサポートしていただき、感謝の気持ちでいっぱいでした。できる限り迷惑を掛けたくなかったですし、自分自身も研究を始めたばかりで早く戻りたかったので、出産後8週間で復帰しました。

家族と周りのサポートで子育てと研究を両立

復帰後に預ける保育所は確保していたのですが、子どもの体が弱く保育所に預けることができず、滋賀県に住む家族や親族に名古屋まで来てもらって子どもを見てもらうことになりました。研究職の時間管理は自分たちに任されているので、授業や研究の合間に授乳のために自宅へ戻り、終わったら大学へ戻るなど、柔軟性のある働き方ができました。また、教授が「どうしようもない時は研究室に子どもを連れてきていいですよ」と私が授業や研究中に子どもを見てくださったり、土日に研究室へ子どもを連れて行った時は学生さんが遊んでくれたりと、周りのサポートのお陰で子育てができたと思っています。そんな中で、私が忙しい時に限って子どもが熱を出すことも多くて、始めはそれを辛く感じたこともありましたが「子どもはそういうものだ」と思うようにして、できるだけ気持ちを切り替えるように心がけました。長男が4才の時に第二子を妊娠しましたが、その時にも教授やスタッフに正直に伝えたところ、皆さんから「おめでとう」と祝福していただけて、安心して働くことができました。

3,ワーク・ライフ・バランスを目指して
家族との時間を優先して新しい研究の場へ

2012年に夫が京都へ転勤することになり、家族で引っ越しをしました。そして、私は名古屋へ新幹線で通勤をすることに。子どもと一緒にいる時間をできる限り作りたかったのでやむを得ませんでした。研究が遅くなっていると研究室の先生が新幹線の時間に間に合うよう声を掛けてくださったり、手伝っていただいたりと、周りの方のサポートで研究を続けることができました。

自分の研究を進める一方で、2014年の夏頃、文科省の新学術領域人工光合成研究会で連携研究者として会議に出席しました。その時の親睦会で天尾豊教授が「大阪市立大学の複合先端研究機構で人工光合成研究に関する教授公募があるので、皆さん応募を宜しくお願いします」と参加者へアナウンスがありました。ちょうど、関西で研究ができるチャンスがあればと思っていたので思い切って応募したところ、メンバーに選出されて2015年より大阪市立大学へ着任。名古屋大学では親身にサポートしていただいていたので離れがたい思いもありましたが、快く送り出していただき、これからも研究を続けることで恩返しができればと思っています。また、天野豊教授とお会いしていなかったら応募していなかったと思うので、研究を通じた出会いにも感謝しています。現在は家族と過ごす時間が増えましたし、料理を作ったり美味しいものを食べに行ったりと研究とは違う時間も楽しんでいます。

4,女性研究者へメッセージ
女性研究者同士のつながりを作ると心強い味方に

同じ大学でも、分野や研究室の建物が違うと女性研究者同士が知り合う機会は少ないと思います。それに自分が研究や子育て等で忙しいと、相手もきっとそうだろうと思い、声を掛けることに躊躇するのではないでしょうか。私は名古屋大学時代に男女共同参画室委員として参加していたのですが、女性研究者同士が月に1~2回集まり、働きやすい制度作りについて話をするうちに、同じような悩みを共有する友人となりました。

大学内に送迎付きの学童保育を作ったり、子育て中の研究者を優先的に大学内に駐車できるような制度を作ったり、理系女子学生の研究セミナーを開催したりと、色々な活動をしました。文部科学省に申請するための書類作成や、採択後の数々のイベント実施も大変でしたが、男女共に少しでも働きやすいシステムや環境を作ることができ、別の研究室にも仲間ができて視野が広がったと思います。今でも子育てで悩んだ時は、少し年上の子どもがいる先生に相談するなど交流は続いています。

女性研究者の多くは、研究と子育て等の両立で大変だと思いますが、大学の男女共同参画等の活動に参加すると、違う分野の女性研究者との交流で、心強い味方ができると思います。ライフサイクルに合わせて、その時々で乗り越えないといけないことは起こりますが、助けて欲しい時は周囲に素直に伝えることも大切だと思います。

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